奇跡の一本松を見に行ってきた #東日本大震災

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NHK特集ドラマ「恋の三陸 列車コンで行こう!」の取材で三陸地方の取材をしてきた。被災地を取材するのは久々だ。

探偵ファイルの頃は震災復興応援の記事を執筆していたので、被災地である岩手県いわき市や久之浜、宮城県仙台市に訪れた。その後、はまレポで復興支援チーム「かながわイレブン」の取材で名取市にも行った。

仙台駅には桜花出版のジープ雑誌の取材で去年の暮れに訪れたが被災地を取材したわけではなかった。

被災地の今

5年経ったが、まだまだ被災地は復興途中だ。しかし震災当時は電車を使った交通経路は完全に麻痺してしまっていた。今もすべてが復活したわけではないが、新幹線と列車を使えば、朝一に出て昼には到着することができる。気軽に行けるようになったように感じる。

取材をしてみて被災地には笑顔のひとが多かったように思う。無理に笑顔を作っているというより、頑張っているからこそ、自然と笑顔になっているのかもしれない。無理やり力を振り絞っているというより、気長に楽しくやっていくために、いろいろとやってみているのかもしれない。

ぼくが訪れた大船渡市は、リアス式海岸が特徴的な土地だ。スペインに姉妹都市があるそうだ。100年通じるワインを作ろうという計画や、港で横浜や世界とつなげようという作戦を展開する予定だと聞いた。世界の大船渡市になることを目指しているのだ。

5年前の自分

震災が遭った日、ぼくは岐阜にいた。長崎目指してママチャリ廃墟巡りの旅企画をしている最中だった。関西では、さすがにそれほど大きな揺れを感じなかった。なので、最初は気づいていなかったが、宿にしていたネカフェの大型モニターに悲惨な被災地の状況が映しだされていた。別世界の話しように感じた。

被災地で話を伺ったひとの中には「今も夢のなかにいるみたい」と語るひとがいた。どこにいても、あまりのこと過ぎて、現実味を感じないのだ。実際、当時の被災地取材で見た景色は、ダリの絵画のようだった。

船や車が家の屋根の上に乗っかっており、港に行けば大きな船が沈んでいた。久之浜は完全にガレキと廃墟だけになっており、何もかもが押し流されて、平野になっていた。今、あの地の復興はどれほど進んだのだろうか。終わりの見えないガレキ撤去をがんばっていたひとたちの作業は終わったんだろうか。

復興はここから

復興を機に、新たな水産名物も増えたと聞く。まだまだ、ひとびとの注目も集まっている。このタイミングを活かして、今まで以上の発展をしていただきたいと祈るばかりだ。

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