ぼくは和歌山の生まれである。和歌山というのは、本州最南端の地であり、黒潮からの潮風によって温暖な気候が保たれている。雪が降れども翌翌日には溶け消える。積もれども車の上に一握り。そんな土地である。

母校である北高では、修学旅行はスキー合宿をする。群馬に行き、雪の上を滑る。普段、雪が降ることすら稀な地方の人間が雪原の地にて一日中転んだり滑ったりするわけだ。

自然と修学旅行を終えた頃には、学年の三分のニがインフルエンザに罹患することになる。そもそも三日しかない旅行期間中にバタバタと学友が倒れていくのだから修羅の如き訓練である。

和歌山人にとって雪とは、まさに異界の其れであると言えよう。

此処二日間、とある記事の取材旅行のため、三陸地方を訪ねてきた。雪だらけ。異界であった。肌自体が耐寒能力を持ち合わせる環境で育っていないのだから、ぼくの身体は芯から震えた。そもそも、東京ですら、ぼくには極寒の地である。

だがしかし、健康そのもので、今は期間の最中である。高校時代から10年以上の月日が経ち、我が肉体には脂肪がたっぷり三十キロは蓄えられた。

今だからこそ敢えて言おう。肥大は正義なのだと。

自然界では体躯の大きさは強さに繋がるといっても過言ではない。百獣の王ライオンもキリンやゾウに吹き飛ばされる。カバもワニを凌駕する。

そもそも、だ。これは男性に限った話ではない。

女性であっても、肉付きの悪い鶏ガラのような女性より、肉付きのいいもち肌な女性の方が魅力的だろう。肉のない女性は抱きしめても硬い。男を抱きしめているようなもので、柔らかな感触にこそ癒しと甘美さを感じるものだ。

男性であれ、女性であれ、肥大化していてこそ、生物的な強さを身に付けるのだ。もうご理解いただけたであろう。

肥大こそ正義。そう、肥大こそ正義なのである。

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