ぼくは哲学を齧ったがゆえに、他人と会話することができなくなったのだと、つくづく感じた。
この面倒くさい人間の処方箋というか、使用上の注意事項というか、そういうものを書き記しておく。

学校教育においてであれば、問題文に対する解答はひとつだ。
名探偵コナンも「真実はいつもひとつ」とのたまっている。
しかし、現実問題として、真実は決してひとつではなく、事実がひとつなのである。
すくなくとも、ぼくはそう考える。

真実とは事実から生み出される道のようなものだ。
それは常に様々な可能性を含んでいる。
ひとつではない。

名探偵コナンの推理によって導き出される答えもいくつかある中のひとつである。
それが真実だと決めつけているわけだけれども、ぶっちゃけ答えは幾通りもあるものだ。

事実と真実のイメージは、以下の数式で表現できる。

1+1=2
2+0=2
3-1=2
2*1=2
4/2=2
1000-998=2
5+3/4=2
以下、無限の組み合わせ。

ここでの2が事実である。
無限の組み合わせのある数式が真実である。
そこは個々人によって変化するとぼくは認識している。

堤幸彦監督の作品『TRICK』をご存知だろうか。
超能力によって生み出したと偽る事実を、手品によっても出来ると証明する。
そんな作品だ。
だが作品の中で、実は超能力が存在し、
手品によって再現できることが超能力によって実現されていたという話があった。
ジャンプ作品に『斉木楠雄のΨ難』という作品がある。
超能力者である主人公が種も仕掛けもなく手品を披露するという話があった。

真実は幾通りもあるが事実はひとつである、とはこういうことである。

数学においては答えに辿りつけばよいので結論はそこにあるのだが、
哲学においては答え、すなわち、事実から真実の探求は始まる。
あくまで、哲学において事実は問題文でしかないのだ。

だがしかし、学校教育では、国語で事実は唯一の答えのように扱われる。
ゆえに実際に生活においても「事実を提示しただけ」で「真実を共有したつもり」になる人物が現れる。

A「○○がなになにをした。まことに遺憾だ」
B「何が遺憾なんだい。▼▼ということかい」
A「違うね」
B「じゃあ何が遺憾なんだい」
A「○○がなになにをしたってことさ」
B「うん、だからそれの何が遺憾なんだい」
A「話にならないな」

まさに、である。
「○○がなになにをした」はあくまでも事実である。
そこから読み取れる真実は幾億通りもある。

だがある種の人間は、
どの真実を読み取った上での感情の発露なのかを尋ねてみても、
問題文を繰り返すだけになってしまい対話がはじまらないのだ。

そもそも、他人の言葉の大筋を理解した上で、その筋とは違うであろう論を展開する癖がある。
違う論が目の前にあれば、それを否定することで、大抵の人は、持論を展開してくれるからだ。

その真実こそ、ぼくの興味本位である。
そこの対話のみを他人に求めている。

共感なんてくそくらえであると切り捨てている節さえあるのは、
アンチテーゼを発することでこそ、相手を深掘りできると信じているからだ。

そもそも、だ。
唯々諾々な共感を得たいのであれば、
起き上がり小法師にでも話しかけていればいいだろう。

それは人間の対話なのだろうか。
また、僕はこういう人間であるがゆえに、社交辞令と嘘とごまかしが嫌いだ。
そんな人間と関わることは、人生の無駄でしか無いと感じる。

暇なのか。

何故、他人の持つ真実の形の探求以外で、他人と関わろうとするのだろうか。
ぼくには、己の知的好奇心を満たす以外に、他人と関わろうとする心がない。

おそらく、何も求めておらず、他人と関わろうとすることが出来る人間は、
とてつもなく人間が好きなのだろう。ひとLOVEなんだろう。
ぼくには真似できない。ひたすらに、スゴイなあとだけ感じてしまう。

こんな思考回路の人間は、そうそういないように感じる。
ゆえに生きづらい。

だが。こういう思考回路の人間がいないがゆえに、
ぼくは理解されず、よくわからぬままに、ひとが離れていってしまうように感じる。
こういう人間もいるのだと、皆々様にはご忠告しておきたい次第である。

去る者は追わぬ主義だけれども、
それは去る者は去ると決めたからには、
その決断を覆すことはないのだろうと考えるからである。

己で相手が去るような状況を作っておいて、
追いかけないのだから死ぬほど面倒な男である。

狐は葡萄が酸っぱいとのたまったけども、
ぼくはいつもこうのたまう。

「ともだちなんて、3人入れば充分だ」

ぼくは友だちが少ない。

でも、友だちが少ないやつってのは、
自ら友だちが少なくなるように仕向けている節があるから、
厄介な話だ。

ぼくに関わって、
その面倒臭さに辟易したひとたちに、
謝罪の意を込めて、この雑文を認める。
まあ、反省はしていないけども。

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