同郷の友であり、小学校からの仲だから、そろそろ20年以上の付き合いになるのか。そう考えると、気味が悪いほどの長続きしている友人H。彼は、それこそ、気付けばずっとゆかりん王国民だ。わからないひとも多いかもしれないので、あえて言い直すと、声優・田村ゆかりさんのディープなファンなのである。

田村ゆかりさんのラジオはヘビーに聴き続けており、家にいればゆかりんライブのDVDを見ようとする。全国ツアーが始まれば、「まあ、俺ももう子どももいるし」と言いながら、半分は通おうとする。子どもだって、男だからよかったが、おんなならば「ゆかりにする」と断言していたほどの、王国民だ。

よく勘違いされがちなのだが、彼ら王国民は田村ゆかりさんと結婚したいわけではない。その名の通り、田村ゆかりさんを姫と崇めているのだ。「ゆかり姫はそろそろ結婚しないかな。王国民たちは皆それが心配の種だよ」なんて真顔で言っているのだ。

そう考えると、彼女は平成に生き延びるアイドルのひとりだろう。ジャンクな安っぽいアイドルとはひと味もふた味も違う。本当に応援してくれるファンがついているのだ。

しかし、それだけが王国民ではない。ぼくは彼に連れて行かれて、ライブに参戦したことがある。その時、王国民たちの動きは完全に統制されたものだった。訓練をしたわけではなく、田村ゆかりのパフォーマンスや歌声に合わせて、或いは声を合わせてコールをし、或いは押し黙ってその動向を見守る。飛び跳ねる特のアクションまで、皆、一緒なのだ。

王国民は、皆、民して兵卒。そんな存在だ。ゆかり王国は軍事国家なのかもしれない。

彼らの中には、この世界を常識へし曲げる独自ルールもある。それは「田村ゆかり」と「ゆかり姫」と「神楽坂ゆかたん」という3人の応援すべき対象がいるということだ。これがゆかり王国民でなければ、すべてが「田村ゆかり」さんにしか見えないのだが、王国民はそれらは別人物として認識しているのだ。

ライブでも、それは証明されており、それぞれのキャラに合わせたカラーのライブTシャツに着替え、サイリウムの色もちゃんと合わせるなんて芸当をやってのけるのだ。ライブもライブで、ゆかたんのライブに田村ゆかりさんが参戦することもある。もちろん、映像での参戦だ。

アイドルは偶像であり、偶像とは設定を愛することに他ならない。そう考えると、田村ゆかりさんという存在と、それを支える王国民たちは、良質なアイドルを創り上げる存在たちだと感じる。そう、アイドルの設定を疑い暴こうとすることは、野暮なのだ。アイドルを創り上げること、応援すること、楽しむことは、粋な人間でなければいけない。

アイドルとは、粋な遊びと見つけたり……、なんてね。

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