華々しい戦ではない、泥臭い闘争。生きるために、生きねばならぬ。死地に合っても、生きることに貪欲でなければいけない。そうしなければ、死ぬ。それが戦国時代の常。臆病な人間ほど、生き延びられる。そして、最後まで生きていれば、それで総取り。

相手を殺すのが得意なのが強いわけじゃない。相手に殺されないことが得意なのが強い。

囲碁を学んでいた時に、ひしひしと実感したことを感じる。死んだ石は蘇らない。そして、殺された陣地は相手に掌握される。生き延びて、撹乱して、陣地を護ることが囲碁で求められる。素人は大量に石を取ることを目指すが、強者同士の囲碁は石が死なないものだ。

仙石権兵衛のように、ひたすらに死なない。活路を見出し続ける武将は、味方にとっては心強く、敵にとっては厄介そのもの。こういう駒がひとつあると、戦局を撹乱できる。とてもよい。

今までは戦バカはバカのままでよかったのだけれども、己の大将が天下分け目をせめぎ合っているのだから、バカのままではいられない。戦は政治の為にするものと、そこを理解する必要が出てくるのだろう。喧嘩も、祭りも何もかも。全ては政治のためにあるもの。

センゴクはこういうところまで掘り下げる。だから面白い。

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