横浜は鶴川に住んでいた頃、どことはいわないけども混入している牛丼屋があった。何故か睫毛がね。睫毛だけでなく、髪の毛の時もあったけども…。とことん、毛が混入していた。

そのことを店員に伝えると、毎回、「申し訳ございません」という謝罪の言葉と、注文した商品と同じ商品が出された。正直、その丼を食べる気にもなれないし、作り直されたからといって、どんな顔をすればいいのかさっぱりわからなかった。そもそも、申し訳ないと思うのならば、同じ過ちは繰り返さないで欲しい。

何故、異物混入を避けることはできなかったのだろう。おそらく、ぼくの異物混入報告は責任者には伝わっていなかった。だから業務改善がなかった。ぼくとしては「次は異物混入しないでくれ」と、それだけを願っていた。願っていたのだけれども、その想いは伝わらなかった。次第にぼくは、その牛丼屋に行くことはなくなった。

異物混入といえば、昔、和歌山で、いとこの家族と自分の家族とで、和食レストランにいったときの話だけれども、パフェの中に紙切れが混入していたことがあった。それを店員に伝えると、やはり謝罪の言葉と同一商品。そのおかわりパフェの中には、ガラスの破片が入っていた。

なんなんだろう。「ほら、代わりをもってきてやったぞ。だからチャラな」という意識があるのだろうか。そこで異物混入がされていたのなら、全く意味が無い。貰えるものは貰うけども、真の意味で”してほしいこと”は、業務改善のはずだよね。

店に対してクレームをつけるときは、その場ではなく、その後、責任者にお手紙を出すのが一番良いという話を聞いたことがある。何が悪かったのか。それをきちんと理解するべき相手にしてもらうという意味では正しいのだろう。しかし、店員に異物混入を伝えて、ちゃんと責任者へとその問題提議が伝わる仕組みづくりが求められる。

Twitterで異物混入が話題となり、話が大規模になり過ぎるというのは、確かに問題だ。Twitterは身内に向かってのみの情報発信ツールではない。世界に向かって情報発信しているツールなのだ。それを個人が気軽に使える時代になった。

「その情報を拡散することは、どんな影響を社会に与えるのか」

情報発信者として、これくらいは考える必要がある。「ただ面白かったから情報を拡散した」では済まない。その情報の内容によっては、誰かの職が失われるかもしれない。家族が崩壊するかもしれない。面白かったから、一家離散させたなんてことになりかねない。

穏便に済ませる方法もあったはずだ。何でもかんでも拡散してやろう、という今の風潮は、ちょっと恐ろしい。誰もが”人生狂わせスイッチ”をもっていて、それは、自分の人生なのか他人の人生なのかもわからないけども、そんなスイッチとは気付かずにポチポチ押しているひとが多い状況なんだもの。

Twitterで遊ぶのはいいのだけれども、最低限の情報リテラシーは持ってほしいなーっと、つくづく。

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