寄生獣のアニメ化や実写映画化を控えているこの時期に、このセリフを引用したなにかを書くのは踏み込み過ぎかもしれないけども…。んでも、実際古い作品なのでネタバレ記事なんてネット中に溢れているか。

とりあえず、読んだことがあるという前提ですすめていくけども、寄生獣ってめちゃくちゃ強いんだよね。何の備えもない人間の集団は100人ぐらいならあっという間に駆逐することができる。でも人類側も負けちゃいない。寄生獣たちを研究し、弱点を見抜き、武装し、最終決戦へと持ち込んでいく。

『進撃の巨人』の構図と似ているのかもしれない。正体不明の最強の敵、それも人類をあっという間に殺戮する力を持つ。それに人類は如何にして立ち向かうのか。

でもねえ…、寄生獣に関しては、巨人とはちょっと違う。寄生獣全員が意思を持つ。人格を持つ。そして、ペラペラ喋る。そこで、寄生獣って本当に悪かどうかを疑う余地が出てくる。ぶっちゃけ、自分にとっての敵か味方かは直ぐにわかる。でも、第三者目線から善か悪かとなると、ちょっと難しい。

だって突き詰めると、善か悪かは多数派か少数派かの言い換えみたいなところがあるから。

多数派は善とされて、少数派の意見を駆逐できる。黙殺できる。そういう数の暴力がある。少数派のぼくは最初は、そういうことをよく感じる。善は善ということで納得していて、思考停止しているから、話を聞き流す。聞く耳持たない。こちらの言葉が正論でも、「まあ、あんな少数派の言葉はどうでもいいや」と心の底で舌を出している。

よくわかる。少数派というだけで、「我々はか弱い」のだ。それでも、少数派として生きることが多い人間は当たりが強くなる。一対一のなんやかやでは負けないだろう。だが、もうその多数派の意見の押し付けは完全に「いじめ」でしかないのだ。

多数派の意見は善かもしれないが、だからといって絶対的に正しいわけではない。少数派の意見は悪に感じるかもしれないが、間違っていると決めつけていいものではない。許容することを覚えてほしい。少数派は常に許容し続けてきた。だからといって、こちらの意見が間違えたと認めたわけではない。

「そうだね、多数派たちの意見も確かに一理あるよね」と認める。そこを心から認めている。そういう心の持ちようが、多数派にはない傾向があるような…。絶対正義を振りかざしていて気分良いもんだから、許容できないものは悪と罵って踏みにじろうとする。もっと余裕を持ってほしいなあ。だって、何もしなくても多数派なんだから。

認めているってことは、意思表示しないのなら、認めていないのと一緒なんだよねえ。

そんなわけで少数派は多数派のご機嫌伺いをしなければいけない場面に立たされることが多い。だからといって、それ全てに付き従えば落ちぶれる。尊厳を失う。少数派だって好きで少数派なわけじゃあない。ただ、その立場に至る過程があったわけで、つまりは人生があったわけだよ。そこんとこ、ちょっとは考えてほしいなあ。

寄生獣ってそういうとこも面白よな、って。

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