ぼく自身が二週間かけて、東京から滋賀をママチャリで廃墟めぐりをしたことは、知る人ぞ知る奇行のひとつではある。その間、巡った廃墟は10を超えるが、怪異らしき怪異には巡り合えなかった。というのも、大阪の専門学校に通っていた頃、親方と呼ばれている友人が居た。

親方は地元のツレと共に色んな廃墟を巡るようなヤツだった。そんな彼から伝え聞いた廃墟に関する怪異が頭に残っていたので、ひとつとして怪異が起こらなかったのはもったいない気分になったのだ。なんせ、その友人が出逢ってしまった怪異は、なかなかに恐ろしいものだからだ。

今回は、それについて、書き記しておこう。もう、そろそろ十年も前に聞いた話だけれども。

廃墟の怪談といえば、ふと思い浮かぶのは録画しておいてあとでその映像を見ると声が入っていた…、だとか。あとは、なんだろう。ひとりで廃墟に入っていった友人が、上の方の階から手を出して勇気を示すが、直後に顔を真っ青にした友人が廃墟から出てきて上にはいけなかったと叫ぶ。ふと上を見ると、廃墟の窓という窓が開いて手を振っていただとか。

やはり、廃墟の中にて怪異が起こるものだ。だが、その日の親方は地元のツレと共に幾つかの廃墟を巡ったのだという。廃墟を巡ったことをあるひとは知っているだろうが、真夜中に訪れようが昼間に訪れようが、なんとなく薄暗いものだ。そこに気味の悪さを感じるひともいるだろう。ぼくは、そこに人間の生きた形跡を探すのが好きなので、怖いと思ったことは一度もない。

親方らは、ぼくとはちょっと違った。恐ろしい体験がしたい。怪異が見たい。そうした一心で、怖そうなところを次々と回っていったのだそうだ。だがしかし、怪異は現れなかった。残念だったが夜も深まった。警察に職質されるのも嫌だってことで、その日は帰宅したのだそうだ。

その時の移動手段はスクーター。道路を縦一列に並んで走っていたのだという。計六人の集団であり、親方は後ろから二番目を走っていた。だが、その帰り道、ある曲がり角を抜けた時、違和感を覚えた。突然、眼前に居たはずの友人の姿が消えたのだ。親方は驚いて、友人らに異常事態を手振りで報せて、コンビニに停車した。

その道は曲がり角ではあったが一本道。誰かが消える隙間なんてなかったのだ。忽然と消えた、ひとりの友人。仮にKと呼ぼう。Kの携帯電話を鳴らす。だが留守番電話が答えるばかりだ。もしかしてとKの実家に連絡をしてみるが、帰ってきていないという。何故か、完全に消失してしまったK。果たして彼は何処に消えたのか。

Kの母親はすぐさま警察に捜索願を出した。だが見つからない。三日経っても音沙汰もない。本格的に廃墟踏破グループの中にあきらめムードが漂い始める。その日の夜、Kが帰宅したとの連絡がKの母親から来た。驚いて、みんながKの家に向かう。すると元気な姿のKがそこに居た。

消失してから先、何処に居たのか。どうしていたのか。親方や友人らが次々に質問する。するとKは「俺としては普通に原付きで走ってたんや。曲がり角を曲がったら、前走ってたはずのOがおらんくなってるし。後ろもおらん。携帯の電池切れてて、なんやねんこれ!って思って、さっき帰ったんや。そしたら、もう三日経ってるっていうし。もうわけわからんかった」とのことだった。

Kにとっては、空白の時間は一切なかったことになっていたのだ。しかし、その間、彼は確実に存在しなかった。果たして、彼は何処に居たのだろう。謎は謎のままだった。

とはいえ、この話を聞かせてくれた親方は冗談好きな人間だった。だから創作怪談だったのかもしれない。だが、ひとの姿が消える時空嵐が混ざりこむような話は珍しかったので、未だに面白い怪談として覚えている。

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