結論から言えば、自分の意思を全て余すことなく他人に伝えることなんて出来ない。出来るはずがない。逆にいえば、相手の伝えたいことを余すことなく理解することも出来ない。たったそれだけのことを知っているか、否か。ただそれだけで、伝達力は大いに向上する。

そもそも、意思伝達には共通の経験、共通の知識が必要とされる。子どものうちは、案外伝わるものなのだけれども、大人になればなるほど伝わりづらくなる。そりゃあ、当然の話で、知識や経験がひとそれぞれの独立した偏見・独断を育てるからだ。

自分の脳みそで考えているひとはいるのだが、脳みそを誰かに預けてしまうひともいる。いわゆる思考停止だ。「TVで言ってたから」「誰誰が言っていたから」のように、受け売りだけをして、それ以外の言葉を一切受け入れなくなってしまうことがある。或いは、如何に此方の意図するものではない理解をしていると指摘しても、一切、考えを変えることがない場合もある。

そうしたひとは「相手の話を聞いている気分」なだけである。逆にそれをされている側からすれば「自分の意見を一切聞こうとしない」と受け取ってしまうだろう。多少なりとも、考慮する余裕を持てばいいだけだ。”自分の考えをまずは押し通す”ことを何も伝わらないなんて馬鹿げている。

押し通す云々は別として、こちらが意図していない意味で伝わった時、それは違うと伝えたくなるものだ。何故ならば、そんなことは考えてすらいないのだから、その間違った根底を元に何らかの議論を重ねるのは時間の無駄だからだ。きちんと伝達しようと考えあっている人間同士であれば「相手の考えはなんであるか」を理解しようと努力する。それをしないひとは多く、そうしたひとはお話にならない。

対面での意思疎通に関して最も重要なのは「己の伝達したい文言を伝えようとすること」ではなく「相手が伝達したい文言や、こちらの文言がどのように伝わっているのか」に気を配ることだろう。互いに互いの意思を理解し合う努力をすれば、押し付け合うよりもより良い意思疎通がなされるはずだ。

はっきり言おう。無駄に押し付け合うのは時間の無駄だ。また、最初に相手の言わんとしていることは「こういうことだろう」と早合点すること事態は悪いことではないが「そうして設定した前提は常に懐疑し続ける」必要性がある。自分の設定した前提はあくまで自分勝手な妄想でしかない。相手の設定したものだと勘違いしがちなので注意すべきだろう。

「これはいう必要がない」「これはこういうものだから」という思い込みは意思疎通を完全に破壊する悪魔のような存在だ。囚われやすいからこそ、気をつけるようにしよう。

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