ぼくの鉄板ネタのひとつなので、知っているひとも多いかもしれない。探偵ファイルなんていうサブカルポータルサイトのライターをしていた頃、およそマトモな人生では体験しないような体を張ったバカ企画に多数挑戦した。父母から「なんで、そんなお笑い芸人みたいなことを」とぼやかれていた。懐かしいなあ。

そんな体当たり企画たちの中で、もっとも大掛かりだったのがママチャリ廃墟めぐりの旅だ。目的地は決めていなかった。なんとなく長崎を目指していた。毎日毎日12時間近くママチャリに乗り続けていた。スタミナ的な苦しさはなかったが、死ぬほどケツが痛かった。カブトムシ飼育用のワタをティッシュカバーに詰めた座布団でサドルをくるんで対処した。

すべてが行き当たりばったり企画だった。その土地の廃墟を、その日泊まったネカフェのパソコンで調べてアタックし続けていた。旅をはじめて2週間経った頃、東日本大震災が発生し企画は中断された。

最後の土地は滋賀だった。巡った廃墟の数は15箇所程度。東京、神奈川、静岡、愛知、岐阜を巡った。箱根を越えるルートだった。5時間近くかけて上り、下り坂は30分だった。タイヤの焼ける匂いは未だに鼻孔に残っている。

浜名湖を巡り、蒲郡で温泉に入った。ラブホテル、旅館、ホテル、民家、学校、倉庫、病院、ドッグ、競馬場、土産屋、色んなタイプの廃墟を探索した。不良に荒らし尽くされ、落書きが埋め尽くされていた廃墟ばかりだった。床には窓ガラスの破片や砕け散った酒瓶が散りばめられていた。ぼくは愛用のミリタリーブーツのお陰で怪我をすることはなかった。

民家に入れば何故かお菊人形がぽつねんと置かれていたことがあった。旅館の厨房のホワイトボードにはレシピが書き残されていた。あちこちの壁に”何故その病院が廃墟になったのか”という経緯が記されている病院や、蔦が絡まり完全に絞め壊されている物置もあった。肝試しの格好の餌食とされていたものの、廃墟は怖いだけではない面白みがある。

廃墟は遺跡だ。そこで暮らしていたひとびとの息遣いが、時間の流れや来訪者たちの手によって変化しており、そこには文化を感じ取ることができた。

廃墟めぐりの旅は全てUstreamで生放送していた。配信チャンネルは2週間で120万PVを越えていた。方向音痴のぼくは目的地にまっすぐ向かうことは出来ず、Ustream配信の視聴者からコメントで場所の誘導をしていただくことも多かった。ナビとして利用していたAndroidが交通事故によって失われた時、視聴者の方に助けられ温泉施設に連れて行ってもらった嬉しさは未だに覚えている。静岡の大崩海岸探索の際、静岡在住のリスナーが参戦するなんてこともあった。

旅はひとと出会うのが醍醐味。NHKのお仕事で何度かお会いした満島真之介くんもママチャリで日本一周の旅をしたことがあり、かなり盛り上がった。同じ仕事でインタビューをした村井良大くんは弱虫ペダルで小野田坂道を演じる時期だったので大いに話のネタになった。廃墟めぐりの旅はしておいてよかったなと感じる探偵ファイルでの数少ない仕事のひとつだ。また、旅をしたいなあと感じるのは、あの廃墟めぐりの旅が楽しかったからだろう。

あれから3年の月日が経った。それからも小旅行のようなものはし続けているが、また廃墟めぐりの旅のような大掛かりな旅がしたいなあと感じることがある。旅の魔力は旅をしたひとならきっと知っている。きっと一生逃れられないんだろうなあ。

広告