ぼくだって、子どもの頃はそりゃあ怖い話は怖かった。通っていた小学校では、児童公園で見えないネコの鳴き声がするという噂がたって、よくよく調べてみると砂場に埋められていた…、なんて話もあった。トイレの花子さんも出た。

体育館横に今にも崩れそうなトイレがあって、そこの電気がひとりでに点灯したもんだから、数十人の学童がパニックになっちまったのを覚えている。そういえば、卒業する年に変質者が入り込んで、生き物小屋のウサギをもれなく殺してしまったなんて話も聞いたことがある。

怪談には事欠かない学校だった。いや、時代もあったのか。学校の怪談シリーズなんて映画が流行っていたし、週刊少年ジャンプでは地獄先生ぬ~べ~が連載していた。コミックボンボンやらデラックスボンボンを購読していたぼくとしては、ゲゲゲの鬼太郎もリアルタイムに読んでいた。アニメもやっていた。夢子ちゃんが可愛かった。

しかし、怖い話というか、怪談というジャンルは苦手なひとが多い。ホラー。血みどろの話はネガティブなイメージがつきまとう。ぼくが敬愛するオーケンこと、筋肉少女帯の大槻ケンヂ氏もあんまり金にならないと言っていたようなコラムを書いていた気がする。

儲からないのはなぜか。お化け屋敷は定番のエンターテイメントじゃないか。でも、お化け屋敷ってのはあくまで作り物の箱物。だから、いくら怖くたってその恐怖は家にまではついてこないのかもしれない。お化け屋敷から出ればもうそれでオシマイなのだ。それがいいのだろう。

映画や小説、アニメ、マンガ、稲川淳二のCDなんてものは、部屋の中をお化け屋敷にしてしまう。そこで寝食をするわけだから、無防備な瞬間を作らなくちゃいけない。身構えてないところにオドロオドロしいものが現れると、これは困る。だから、嫌がるひとが多いのかもしれない。


【ホラー・エンターテイメントは提供側が一番楽しい】


ぼくはよくよく、怖がりな女子というものに惹かれることが多い。お化け屋敷の前を通っただけで、袖を強く掴むような女の子は可愛い。これを、ワッと驚かせてみると泣きそうな顔してひっしに怒る。いいよね。怖がる姿はとても愛らしいものだ。

そういう姿が見たくって、ぼくは怪談を覚えている時期があった。なにを間違えたのか、中学の教育実習なんてものをやった経験があり、その時は母校の後輩諸君に怪談を語り聞かせて泣き震わせ、「おばけ先生」とまで呼ばれた。なんとなく楽しい思い出だ。

怪談好きな子どもが苦手な友達を連れてきて、怪談を聴かせてくれとせがまれたこともあった。ひとつ、怪談をやってみると、オチの途中で耳をふさいで逃げ出していた。「俺、おばけなんて怖くないし」と強がっている子どもがいたが、その友人に「こいつ、先生が夢の中に出てきて、しかも金縛りにあったんやで」と教えてくれた。

ひとを脅かし怖がらせるのは得も知れぬ快感がある。死後は神上がりする前に色んなひとを驚かせて回りたいものだ。死んだ後に楽しみがあると、生きるのも楽しくなってくる。目標設定の大事さを感じた。いや、まだ死ぬ予定はないのだけれども。

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