モトタキの物書き活動録

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二次創作表現者と原作の混合

いわゆる、二次創作は原作を自分なりに表現する行為である。マンガ、小説の他にコスプレに声真似なんてものまである。ツイッターアカウントのなりきりbotも二次創作のひとつか。

二次創作表現者も人間であり、それと関わる己もまた人間である。故に、相容れぬ存在がいることは有り得るだろう。あるいは、交流をしているうちに、関係破綻を余儀なくされる事態に陥ることもある。にんげんだもの。

それは別に仕方ないことだと思う。だが、その中には二次創作表現者を拒絶するようになったら、その二次創作をしていた原作やそのキャラクターが苦手になるという。

気持ちはわかる。だが、もったいないことだなと感じる。ぼくは三次元より二次元を愛する人間だから、三次元でのなんやかやは全て二次元に影響を与えることはない。切り離されているというより、文字通り次元が違う。二次元のほうが格上の存在であり、三次元は全てそれよりも「どうでもいい事象」なだけだ。

夏コミケ参加時に、とある同人誌の列に並んでいる時、後ろに並んでいたオタク二人が「作者の顔に期待するなよ。幻滅するぞ」と話をしているのを聞いたことがある。作品と作者は別物である作品でいかに可愛らしいアルトリアが描かれていたとしても作者がアルトリアであるはずがない。

その時は「こいつら狂化持ちか」としか思わなかったが、実際、二次創作表現者とその表現を混合する人だったのかもしれない。こういう手合いが存在していることはツイッター上で絵師たちが悩んでいるツイートをしてバズッていた記憶がある。

つまり、「女性をメインの同人誌を描き、アイコンをそれにしていたら購入者から『なんで男なんですか』と罵られた経験がある」との話だ。熱病にでも犯されているのかと思うような案件だが、共感する絵師たちが多かったという。「えっちな同人誌を描いていると男読者にストーカーされた」なんて話もある。これも二次創作表現と作者を混同してしまったゆえではなかろうか。

もっと二次創作と表現者は切り離すべきではないのか。もちろん、二次に限らない。創作物と創作者は別物である。どんなクズな人間でも、才能があれば純なラブストーリーを生み出すことはできる。逆もまた然りである。

作者目線でいけば、それほどまで人間の情動を揺らす作品を描けたのだといえば、それは喜ばしいことなのだけれども。作品を楽しむ人間の目でいけば、「作者がどうであれば作品に罪はない。むしろ、それを楽しめなくなるのは自分の損ではないのか」と思ってしまう。ぼくは貪欲なタイプなので、三次元ごときに二次元を食い荒らされるのがもったいないと、やはり思うのだ。

別に共感なんていらない。

謎の怒りは幼稚ゆえかも

ごくまれに、「恋人がなぜ怒っているのかわからない」と悩む話を聞くことがある。そもそも、お前はエスパーではない。ぼくもエスパーではない。だから、その話を聞いたところで、答えを出すことはできない。できないのだけれども、ぼくなりの経験を語ることはできる。

それが「謎の怒りの正体」だ。もちろん、全てがこれではない。逆もありうる。だが、ひとつ疑ってほしいのは「相手のことを大人と思っていないか」である。バカにしろと言ってるわけではない。だが自分の評価より相手が子供だった場合、相手の怒りの謎が解けないことは往々にあるのだ。

こんなことを言うと、子供な人たちから反感を買うのだが。タイトルに幼稚と入れておいたから、幼稚な人は見に来ない前提で話を進めよう。

この世の大抵の人間が子供だ。自分のことを大人だと思い込んでいる20歳を超えた子供と、まだ子供でしかないのに大人ぶってる子供と、もう大人にならなくちゃいけないのに20歳半ばから30代にさしかかる子供と、あとは手遅れの30歳を超えた子供たちだ。

大丈夫。絶望しなくてもいい、ぼくも子供だ。だから、ふらふらと生きている。生きてはいける。ただ、大抵の子供たちは自分が子供であることに対して無自覚で無頓着なのだ。だから、子供であることを指摘されるだけで怒ってしまう。また、自分の怒りが正当なものだと思いこんでいる人も多い。違うよ。大人は怒ることにエネルギーを使わない人が多い。だから、怒ってる時点で子供なんだ。

エネルギーが有り余っている存在とも言える。着地点を見失って暴走している存在とも言える。

この手の子供に、いかに論理的に説明をしても、あるいは求めても無駄なのだ。子供だから。感情で暴れているだけなのだ。それがいかに無駄なことかなんて考えもしない。無駄なことをしているのだ。全力で。

大人になると、もう無駄なことができなくなる。無駄なことをするのは子供の特権だからだ。ただ、他人に対してはそんな感情で接することができる人間であっても、恋人となると変わる。恋は人の認識を著しく狂わせる。熱狂している人間の言葉に耳を貸さないほうがいい。無駄だ。

結局、放置をするしか無いのだ。意味が無いのだから。意味や答えを求めても無駄なのだ。幼稚なのだから。これが現実であり事実であっても口にしてはいけないのだ。相手が怒ってしまうから。

つまり、だ。怒りに任せてる人間がなんなのかを理解すればいい。そしたら、まともに相手をするのが無駄だとわかるだろう。その時、相手はおそろしく「自分のことしか考えていない存在」なのだ。こちらがこちらの気持ちを伝えるのは相手が落ち着いてからでいい。

話し合いは感情ではできない。感情の冷え切った状態で論理によってするものだ。言葉の定義を摺合せ、伝えたい言葉の意味を汲み取り合って、ようやく話し合える。頭に血が上っているのなら無理だ。できない。当たり前だ。

だから「相手の怒りが謎だ」と感じたら、完全に受け流しモードに入るのが一番だろう。それがいいのだ。感情が落ち着くのを待ってから、静かに話し始めればいい。相手は子供なのだ。頭の中がパンクしてしまって、自分の器では許容できないことと対面して、パニックを起こしてしまっているだけなのだ。

幼稚だからね。器が小さいんだ。だから、「こんなことで」と思ったことで怒り出す。未成熟だからね。仕方ないんだ。

なんてことを、心の隅に置いておけば、理不尽な怒りに対して幾分か対処できるかもしれない。まあ、幼稚ってことは、頭が悪くって、自分が何をしているのかもわからなくって、端的に言えばバカなんだけど。そんなものと関わるのは自分にとってリスクでしかないのだけれども。

それでも可愛いと思えたり、愛せるとおもえる部分がある限りは、恋人ってやつはその関係性を繋ぐことができる。繋げてしまう。あんまり利益はないように思うけども。恋人って関係自体に、利益を求めるのが間違ってるから、それはそれでいいんだろう。

青春を無駄にするのが恋愛ってやつなのだもの。

ゲームマーケット2017春に突撃 超ユ ニークなボドゲ3種を紹介

近年は、飽和状態にあるソーシャルゲームからアナログゲームの進出を狙う企業も増えつつある。ボードゲームといえば、5月14日にゲームマーケットが開催された。関西では年1回、関東では年2回。参加者は増加する一方であり、2017秋は2日間開催の予定だ。

ボードゲームといっても、思いつくのは双六ぐらいの人も多いのではないか。そんなイメージを打ち壊すボードゲーム3種をご紹介。

■現役僧侶が考案した『檀家-DANKA-』

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陽岳寺の現役僧侶・向井真人氏が手がけた『檀家-DANKA-』。

NHKあさイチでも取り上げられたことのあるボードゲーム。サイコロを振って、住職としてのお勤めをし、檀家の数を競い合う。

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サイコロは6面体を6個投げる。6個のサイコロには、全部7種類の記号が記されていて、そこのお勤めの効果に沿ってゲームを進める。

一度振ったサイコロの目のうち、一種類を選んで、最後のひとつになるまで振り続ける。

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お勤めは、特に無いけども絶対ひとつは出しておく必要がある「修行」。これを確保していないとバチが当たって、よくないことがおきるイベントカード「諸行無常」を一枚めくることになる。

お客さんがやってきて檀家になってくれる「接待」。お客様は拒めないので、出目が出た時点で、自動的に選んだことになる。

お布施が増える「お参り」。お布施カードは1から3の数字が決められており、手に入るまでわからない。

お布施を使って仕組みと呼ばれるゲームを有利に進めるカードをゲットする「荘厳」。また、お布施を使って檀家を増やすカードを使用する「催し」。

そして、大仏の席と交代できる「大仏」がある。大仏の席はゲーム終了時まで座っていると、檀家が20人増える効果がある。

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「大仏」の席にいけば一発逆転も夢じゃない。「お布施」がなければ檀家を集めるのは難しい。しかし、そんな煩悩に取り憑かれて「修行」を怠れば仏罰が下る。

「お布施はもらうまで中身はわからない」「駐車場を設ければお布施が増える」など、僧侶あるあるを界隈の人に怒られないギリギリまで詰め込んだボードゲームだ。

■手作りの独自駒が格好いい『慶長五年 関ケ原』

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TUC GAMEが完全手作りで制作している「慶長五年 関ヶ原」。

独自の駒を使った神経衰弱を楽しむボードゲームである。

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駒は完全手作り。武将の名前と家紋がレーザー加工で焼き入れてある。ワンセットを作るのに15時間もかかる手の込み用だ。

敵陣の武将をめくっていき、揃えればその武将を討ち取ることができる。制限時間内に相手の武将をより多く討ち取るか、大将を討ち取れば勝ちだ。

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本陣もあり、こちらに大将がいる。自分の勢力である武将をめくれば、ここに武将を待機することが可能。

待機武将が集まれば、戦術を使用して、相手を寝返らせたり、場をぐちゃぐちゃにかき回す撹乱や、一気に攻撃回数を増やす加勢や、本陣突撃などができる。

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島津や大谷などは、親子で参加しているので、名前がとってもややこしい。そのあたりの駒の特性をしっかりと理解すれば、布陣をする際に相手を翻弄することができる。

駒によっては猛将や知将、堅牢など特殊な力を秘めた武将もある。基本は神経衰弱なので、歴史に詳しくなくとも楽しむことはできるが、歴史を知っていれば色んな遊び方が広がる一品だ。

■オシャレでシンプルな対戦パズル『TEXTILE -テキスタイル-』

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アニメ「紙兎ロペ」やパズルアプリ「ズーキーパー」を手掛けたKITERETSUがボードゲームを開発。その名も『TEXTILE -テキスタイル-』。

とてもオシャレな対戦パズル型ボードゲームだ。

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ルールはとても簡単。白か黒かに分かれて、パネルを交互に並べていき、パネルの中の自分の色の模様をしっかり閉じて作っていく。閉じた模様ができたら1パネルごとに1点が持ち点に入る。

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大きな模様を作ったほうにボーナス点がはいるので、より大きな模様を作ることを目指してみるのもいい。

出来上がったパネルの模様はとても不思議な形をしていて、おもわずSNSで共有したくなる。

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前衛アートから発想を得たそうだが納得。見ているだけでも面白さがわかり、サクッと決着が付くので、パーティーで盛り上がりやすいかも。

■ボードゲームカフェは全国に増加中

今回紹介したボードゲームの他にも、実に多くのボードゲームが存在する。これからどんどん盛り上がりを見せるボードゲーム界隈。時間を忘れて遊べてしまうものも多い。気になった人は近くのボードゲームカフェで一度遊んでみることをオススメしたい。

初夢

正月2日、あるいは元旦にみる夢を『初夢』と呼ぶ。一日の吉凶を占う夢。一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭、なんてものがでると縁起がいいとされる。今時は三までも知っているかどうかは怪しいところになってきたが。

皆さんは、どんな夢を見たのだろう。ぼくはといえば、これはもう淫夢と珍夢だった。

元旦の夢

元旦の夜。ぼくがみた夢は、3人の風俗嬢によるゆるい日常をお送りするアニメーションだった。3等身キャラクターの娘3人が雑談をしているお話だった。

仕事は仕事と割り切って、稼いだ金で鎧や刀や茶器を買い集める娘1。処女の妹がいる。妹のことを溺愛している。 娘2は大人しめで物静かだけども、プレイ中はめちゃくちゃ激しくてハート飛びまくる。客に心から依存するタイプで、トラブル起こす。そのことを娘1によくからかわれる。

娘3は天然。通り越してサイコパス。常に何かと交信してる。あんまり喋らなかったのでキャラはいまいち把握できず。テクニックはピカイチ。

風俗嬢の友人曰く、誰も彼も恋をする可能性はないと断言しているのだし、それを知っているぼくがみる夢としてもなんともチープだ。花魁をそのまま現代に持ち込んだような世界観だったのかもしれない。

二日目の夢

一月二日の夜にみた夢は、うってかわった世界観だった。マンガのルビ振りが文藝にまで高められた世界。どちらかといえばライトノベルのルビ振りかもしれない。そこにある熟語に当てる次第で売上が大きく変わる時代とされていた。

推敲に推敲を重ねて、最高のルビを考え続ける日々。皆が唸り、そして生み出せた時の感動はひとしお。少年漫画、少女漫画、関係なく、ルビ振りの仕事はやってくる。それらを読み解き、よりそれにあった表現を探し出す。

こんな仕事は、目が覚めてみりゃ存在しない。ファンタジーな仕事だ。だって、ルビふるのにそれ専門の仕事が存在するなんて、どんだけ儲かってんだよ、その業界。その世界に行きたい。いや、その世界になって欲しい。そこでぼくの仕事があるのかどうかはわからないけども。

でも、そのあと、なぜか高校時代の期末試験のようなものを受けることになっていた。内容はマンガに関することだったけども。どんだけマンガ好きなんだ。そりゃ、マンガ好きだよな。なんて思いつつ、2017年はもっと書物とマンガで行きていきたいと強く思った。